サッと緩の視線が聡を睨む。
「呼び捨てるなんて、失礼なっ!」
自分が呼び捨てられたワケでもないのに、その腹の立てよう。笑わずにはいられない。
「今度こそ、当たりだな」
軽く生唾を飲み、悔しそうに見上げる顔。そんな義妹に、気分が悪くなる。
睨み返して、吐き捨てた。
「くだらねぇな」
緩は瞠目する。
「つまりは、こうか? 瑠駆真と美鶴の仲を裂くべく、俺と美鶴をくっつける―――」
再び視線を鋭くしながら、だが何も言わないあたり、これも当っているようだ。
蒸し暑さが、胸の奥まで入り込む。
そういうコトか。
納得だ。
だから緩は、助けるような事までしてきたってワケか。
あの日―――――
聡がバスケ部に籍を置いていた時、駅舎で瑠駆真が美鶴を抱きしめる現場に居合わせたことがある。
「虫の知らせってなぁ、あるもんだな」
その時、聡はそう告げた。
だが事実は違う。
【駅舎へ行かれた方が良いのでは? 山脇先輩と大迫さん、少しおかしな様子ですよ】
なぜ緩がそんなメールを携帯に送ってきたのかは、わからなかった。
なぜそんなことを知っているのか? なぜそんなことをわざわざ知らせるのか?
きっと緩は、瑠駆真もしくは美鶴の周囲をそれとなく見ていたのだろう。
監視―― と言うと聞こえは悪いが、まぁ、似たようなもんだよな。
廿楽にでも指示されたのだろうか? それとも、率先してやっているのだろうか?
どちらにしても
「やり方が姑息だな」
「こっ」
頬を紅潮させる緩からゆっくりと身を離し、胸で腕を組んで見下ろす。
「廿楽の指示か? そもそも、俺と美鶴がくっついたところで、瑠駆真が廿楽へ傾くとは、限らないぜ」
「廿楽先輩のような方でしたら、山脇先輩だってお断りはされないはずです」
「だったら今すぐ、廿楽本人が直接出て行けばいいだろう?」
「廿楽先輩に、お付き合いを願い出ろと言うのっ? そのようなはしたない真似を先輩に強いるなどっ!」
「はしたない…… ねぇ」
気位の高いお嬢様には、無理な話なのかもな。
「まぁ お前らがどんな手段で誰を狙おうと、俺にはカンケーねぇけどな」
フンッと鼻で笑い、目を細める。
「俺にはカンケーねぇんだから、俺にいちいち構うなよ」
「お兄さんが不甲斐ないからっ!」
「うるせぇ〜なぁっ!」
義妹の言葉を強引に遮り
「だいたい、金魚のフンにあれこれ罵倒される覚えはねぇんだよっ!」
―――――――っ!
別に痛くもないが、あまりのコトに唖然とする。
一方緩の方は、振りかぶった掌もそのままに、大口を開けて息を吸う。
その顔は、前にも増して激しく紅潮し、呼吸は乱れ、豊かな唇は乾ききっている。
「金魚の……」
怒りのあまり、その先の言葉が出ない。
叩かれた頬を摩りながら、聡は呆れたように薄く笑った。
「嘘じゃねぇだろ?」
「お兄さんには、わからないんだわっ!」
「何がだよっ!」
「お兄さんみたいに、他のせいっ―――」
他の生徒にちやほやと愛される人間には、わかるまい。転入と同時に女子生徒の人気を集め、常に人の輪の中心で学生生活を楽しむような、そんな聡にはわかるまい。
そう叫ぼうとして、緩は必死に言葉を呑んだ。
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